京都駅前つれづれ通信

ウオーキングを中心に、日々気付いたことを紹介します。ご意見をお聞かせください。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

第37回日本スリーデーマーチ第1日 和紙の里・武蔵嵐山ルート20キロコース

2014年11月1日(土)21キロ 雨
場所 埼玉県東松山市、比企郡嵐山町
コース 中央会場・松山第一小~鬼鎮神社~菅谷館跡・県立嵐山史跡の博物館~原爆の図・丸木美術館~箭弓稲荷神社~中央会場

福は内、鬼は内、日本人も外国人もみんな内

 この秋に筆者が参加するウオーキングイベントはおおむね近畿に限られるが、唯一の遠征が埼玉県の日本スリーデーマーチだ。日本を代表する大会と位置づけられ、外国からの参加も多い。せっかくの遠征だから立派な宿を取ろうと国立女性教育会館に申し込んだら、そこは外国人主体の宿だった。

 オランダのナイメーヘンという町ではフォーデーマーチを開催している。日本のウオーカーもいつか参加したいと夢をはせる人は少なくない。日本スリーデーマーチも海外からはそう見えるのだろう。会館の専用フロントには日本以外に12か国・地域の表示があり、国・地域ごとにルームキーが並べてあった。

IMG_0743_convert_20141103202810.jpg IMG_0746_convert_20141103202843.jpg
写真①=鬼鎮神社拝殿にあった鬼を描いた額
写真②=近くには鬼のレリーフも置かれていた

 ロシアを含むヨーロッパ諸国は放射能に敏感だ。2011年の東日本大震災の影響で一時は参加者が大幅に減った。昨年から少し持ち直している。熟年夫婦と家族連れが多い。ウオーキングをリタイア後の趣味としている事情は日本と同じなのだろう。筋肉質の人もあんこ型の人もいるが大柄な人ばかりだ。

 海外旅行で開放的になっているのだろう。国は違っても英語でコミュニケーションを取り合っている。深夜まで談話スペースで酒盛りをしていた人もいたという。

 日本スリーデーマーチには数万人という人が集まるだけに独特の運営方法をとる。まず朝が早い。50キロコースが午前6時出発。30キロは午前7時だ。出発式はいずれも15分前から行う。20キロ、10キロコースは出発式を行わない。その代わり30㌔コースと同時に繰り上げスタートしていいことになっている。大人数をさばく一つの知恵なのだろう。

IMG_0749_convert_20141103202914.jpg IMG_0757_convert_20141103203010.jpg
写真③=国際色豊かなのもこの大会の特徴。ロシア国旗とともに歩む一行。
写真④=越生町名物の一里飴を振る舞ってくれた。

 筆者が着いたのは午前8時。既に出発式は終わりステージ上では男女の司会者が掛け合いトークをしながら、三々五々出発するウオーカーを見送っている。一方では到着したウオーカーが受け付けを済ましてゼッケンに名前と県名を記入しているが、雨宿りできるスペースが限られているので、テント内はごった返している。模擬店では名物のB級グルメも多数そろっており、晴れていれば冷やかして歩くのだが、あいにくの雨とあってすぐ出発した。

 東松山の市街地を抜け、東武東上線森林公園駅の前を通り、市野川に沿って歩く。途中、滑川町婦人会による甘酒の接待をいただく。

 鬼鎮神社(きじんじんじゃ)に着く。源平時代の寿永元年(1182)創建で畠山重忠が菅谷館を築造したときに東北の方角の守りとして祭ったと伝えられる。全国でも珍しい鬼を祭った神社で、節分祭の掛け声は「福は内、鬼は内、悪魔は外」だという。
 
IMG_0758_convert_20141103203053.jpg IMG_0763_convert_20141103203126.jpg
写真①=菅谷館跡にある畠山重忠の像
写真②=常連の参加者も多い。過去の大会のゼッケンをつなぎ合わせて自慢のウエアに。

 菅谷館跡に着いた。北武蔵の比企城館址群の中心。鎌倉幕府草創期の武将・畠山重忠の館跡で、二の郭には1929(昭和4)年築造の重忠の像もあった。館址の一画にある埼玉県立嵐山史跡の博物館が給水ポイントになっており、スタッフが一里飴という越生町名産の飴を配ってくれていた。

 37回も続いた大会なので常連の人も多い。かつては布製のゼッケンだったのだろうか。縫い合わせて着用している人もいた。

 原爆の図丸木美術館は「原爆の図」など丸木位里、俊夫妻の描いた作品が収められている。地元のボランティアガイドが多数詰めてくれているのだが、入る人は少ないようだ。筆者も敬遠してしまった。だがウオーキング中に原爆やアウシュビッツ、南京大虐殺、水俣病といった重いテーマに向き合って打ちひしがれるのも学びであった。せっかく訪ねたのに見ずに帰ったことを今となっては後悔している。

 美術館前には福祉系NPOなどが店を出している。ミネストローネやたい焼きなどが人気を集めていた。また雨が降り出したので参加者は東家風の休憩所の屋根の下に密集していた。

IMG_0766_convert_20141103203246.jpg IMG_0767_convert_20141103203327.jpg
写真①=雨の中、丸木美術館に到着。
写真②=たい焼き店などの模擬店が軒を並べていた。

 箭弓稲荷神社は日本スリーデーマーチ発祥の地と言っていい。会場が東松山市に移った第3回から6回までメイン会場だった。ことしは全コースが通過するようになった。境内を出たところに大学生がデザインした創作いなりずしを販売していた。狐の顔を描いた武蔵丘短大の作品と、おでんのように三個を串に刺した城西大の大学院生の作品があり、「いろり茶屋」という近くの料理店が商品化したという。

IMG_0768_convert_20141103203405.jpg IMG_0769_convert_20141103203438.jpg
写真①=東松山市での当初のメイン会場だった箭弓稲荷神社
写真②=学生と料理店のコラボで開発した創作稲荷ずしを販売していた。

 そろそろゴールだろうと思いながら歩いていると、東武東上線の線路のところに「あと1キロ」の表示が見えた。「この1キロが長いんだよ」と周囲の参加者から悲鳴のような喚声が漏れる。ドイツに本社のある輸送機器メーカー「ボッシュ」の工場内でドーナツをもらったり、美土里町の人たちが育てた草花の飾りつけを眺めたりしながら、ようやくゴールした。
 
 完歩を示すシールをもらってステージ前に行くとグランドは水浸し。わずか20~30人程度が取り囲んで見ているが、傘を差しながらでは落ち着かない。みそ焼き鳥などのB級グルメをつまみに祝杯を挙げたくてもテント下の休憩所は人であふれている。早々に退散するしかなかった。
スポンサーサイト
  1. 2014/11/01(土) 21:43:27|
  2. ウオーキング
  3. | コメント:0
<<第37回日本スリーデーマーチ第2日 吉見百穴・森林公園ルート30キロコース | ホーム | 第9回世界遺産高野山ツーデーマーチ第2日 奥高野コース>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

きょうつれづれ

Author:きょうつれづれ
京都駅前つれづれ通信へようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (0)
時事 (2)
ウオーキング (97)
福祉 (1)
歴史 (2)
カフェ・レストラン (4)
書評 (1)
文学 (2)
医療 (2)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。