京都駅前つれづれ通信

ウオーキングを中心に、日々気付いたことを紹介します。ご意見をお聞かせください。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

第23回天橋立ツーデーウオーク第2日

2014年9月28日(日)23キロ 快晴
場所 京都府宮津市、与謝郡与謝野町
コース 島崎公園~天橋立~元伊勢籠神社~成相山~丹後郷土資料館~吉津地区公民館~智恩寺~島崎公園

知恵と浄めとパワースポット

 天橋立で宮津湾と仕切られた阿蘇海を一周するコースは大会の定番だ。「丹後天橋立ツーデーウオーク」の時代には加悦町(当時)の古墳公園、野田川町(同)の出雲大社巌分祠を訪ねてから阿蘇海を一周して、さらに成相山に登ってから天橋立を渡って帰る、たいへん値打ちのある半面、体力的にはハードな40キロコースがあった。

 宮津市の単独開催となってからは他町域は通り抜けるだけになり、距離もぐっと短縮された。それでも今年の最長コースは成相山の登り降りを加えた23キロと、昨年よりは長くなったようだ。

IMG_0575_convert_20140929193915.jpg IMG_0576_convert_20140929194004.jpg
写真①=出発式であいさつする井上・宮津市長
写真②=23キロコースリーダーとアンカーを務めてくれた京都府ウオーキング協会のみなさん

 出発式では井上正嗣・宮津市長があいさつ。市長は風水における気の流れ道「竜脈」が成相山を通っているとし、「パワーをもらって帰ってください」と参加者を激励した。アンカーを務める京都府ウオーキング協会のスタッフが出発の檄を行うが、参加者の大半はすでにステージを離れスタートチェックのテントに移動していた。

IMG_0579_convert_20140929194057.jpg IMG_0584_convert_20140929194241.jpg
写真①=島崎公園を元気に出発
写真②=旅館街の裏の水辺を行く

 海岸沿いを天橋立に向かう。船が通行するときは90度回転する廻船橋を渡って、松並木が続く天橋立に入る。「こんないいところを足早に通り過ぎたらもったいない」とゆっくり行く参加者もいる。筆者も同感だが、一方ではある程度リズミカルに歩かないと長距離を歩き通せない。いつものことだが、そのバランスが難しいところだ。

IMG_0581_convert_20140929194147.jpg IMG_0588_convert_20140929194338.jpg
写真①=廻船橋を渡る大会旗
写真②=天橋立の松並木の中を行く

 天橋立を渡ると府中地区。元伊勢籠神社でお浄めをいただいてから、成相山中腹の傘松公園まではリフトかケーブルカーで上る。約30人が並んでいたリフト乗り場で10分ほど待って傘松公園に着くと、渡ってきたばかりの天橋立が斜め一文字に眼下に見えた。この景色が見たかった。

IMG_0592_convert_20140929194438.jpg IMG_0594_convert_20140929194534.jpg
写真①=元伊勢籠神社に参拝
写真②=リフトで傘松公園に登る

 だがまだ成相寺のある成相山の5合目程度にすぎない。長い登りに「こんな高いところにお寺を造る意味があるのかなあ」と話す参加者もいる。コースは成相寺本堂をバイパスしているのだが、多くの参加者はせっかく来たのだから」と最後の石段を登りお参りしていた。バスでやってきた一般客も多く、石段は結構混雑していた。

 寺の参拝を済ますとアスファルトの急な下り坂が続く。ノルディックのストックを後方に突いてバランスを取りながら、やや後傾姿勢で骨盤から突っ込む感覚で一気に下りる。下りたところが丹後郷土資料館。ここがチェックポイントで宮津市連合婦人会の女性がうどん一杯300円で販売し、多くの参加者が買い求めていた。シフォンケーキは250円だった。

 IMG_0595_convert_20140929194622.jpg IMG_0599_convert_20140929194713.jpg
写真①=これが見たかった。傘松公園からの天橋立展望
写真②=宮津市連合婦人会によるうどんの販売

 ここからは阿蘇海を一周に入る。日差しは強いが快適な水辺ウオークが続く。阿蘇海西部は与謝野町域。旧岩滝町役場だった与謝野町役場のすぐ近くを通る。丹後地域の合併論議では岩滝町が宮津市に付く選択肢もあったのだが…。

 北近畿タンゴ鉄道(KTR)岩滝口駅近くの吉津公民館で最後のチェックを受ける。水辺には快適そうな東屋もあるが、早くゴールして楽になりたいとの思いから、足を止める気にならない。

IMG_0602_convert_20140929194759.jpg IMG_0604_convert_20140929194841.jpg
写真①=参拝者でにぎわう智恩寺
写真②=大会スタッフの出迎えを受けてゴール

 天橋立南端の文殊地区に着く。土産物店の並ぶ間を、観光客をかき分けるようにして智恩寺に着く。「三人寄れば文殊の知恵」という言葉があるが、その文殊菩薩を祀る。日曜とあって人が多いが知恵にあやかろうというのか、若い人の姿が目立った。往路と同じ旅館街の裏手の水辺を通ってゴールの島崎公園を目指す。
スポンサーサイト
  1. 2014/09/29(月) 22:39:28|
  2. ウオーキング
  3. | コメント:0

第23回天橋立ツーデーウオーク第1日

2014年9月27日(土)22キロ 快晴
場所 京都府宮津市
コース 島崎公園~雪舟観公園~田井ヨットハーバー~魚っ知館~宮津運動公園~島崎公園

地元の熱意、大会の命脈は保たれた

 天橋立ツーデーウオークは今回で23回目。近畿では11月の加古川ツーデーマーチに次いで長いというが、その歴史には曲折ある。昔は「丹後天橋立ツーデーウオーク」と称し主会場の宮津市のほか丹後地域10町が協賛していた。その間、天橋立から遠い自治体から波及効果が乏しいと不満が出て、2000年ごろ3年間限定で竹野郡網野町(現・京丹後市)に主会場を移したこともあった。

IMG_0535_convert_20140929193126.jpg IMG_0543_convert_20140929193316.jpg
写真①=22キロコースのリーダーとアンカーを務めた北京都ウオーキング協会のみなさん
写真②=雪舟観展望台へは多くの鳥居をくぐって行く

 当時は両日とも最長40キロのコースが用意されていた。だがコースの一部を成した中郡大宮町は丹後半島を形成する他の5町と合併して京丹後市になった。また与謝郡4町のうち岩滝、野田川、加悦の各町が宮津市との合併に背を向けて3町で与謝野町となった。

 単独で残った与謝郡伊根町は運営に協力し、バス輸送による伊根→宮津の40キロ片道コースが数年間催されたが、4年前に一旦、京都府ウオーキング協会(KWA)を通して大会の廃止が伝えられた。自治体間の確執があったのか、それが大会に影を落としたかどうかは分からない。

IMG_0539_convert_20140929193214.jpg IMG_0545_convert_20140929193405.jpg
写真①=雪舟観展望台からの天橋立は意外と平板だった
写真②=田井ヨットハーバーでお茶の接待

 ところが大会は一転、宮津市の単独開催として続いた。だがその分規模は小さくなった。昨年の最長コースは22キロだったが、距離を歩きたいとの希望が多かったのか、ことしは30キロに伸びた。主会場は宮津湾沿いの島崎公園で昔から変わらないが、ステージは小ぶりになり、出発前のストレッチ指導もはエアロビインストラクター風の女性から市の体育指導員を務める年配の男性に代わった。

 華やかさは格段に落ちたが、限られた人員と予算で運営しなければならないスタッフの努力と熱意を感じる。心からの感謝の意を表したい。

 新生・天橋立ツーデーウオークになってから、初日は東部の栗田(くんだ)半島方面、2日目は西部の、天橋立を含む阿蘇海方面をたどる。今年の第1日22キロコースのリーダーとアンカーは京都府北部を主な活動エリアとする北京都(ほくと)ウオーキング協会の役員が務めた。

 宮津市街地を抜けて、しばらく北近畿タンゴ鉄道(KTR)に沿って行く。栗田半島は狭隘なうえ、山が海岸線に迫っている。多くの鳥居がある石段を登っていくと雪舟観公園に着く。室町時代の画僧・雪舟が描いた国宝「天橋立図」は図柄から見てここから描いたのではないかとされる。石段約100段を登ると展望台になっているが天橋立方面は木々に遮られて見えない。丸太を組んだ約80段をさらに登る。それでも高度が足りないのか、景色としては平板なのが残念だ。

IMG_0550_convert_20140929193451.jpg IMG_0560_convert_20140929193539.jpg
写真①=急坂を越えて栗田半島の東海岸が見えた
写真②=魚っ知館のチェックポイント

 半島の西岸をさらに北に進むと田井ヨットハーバーがチェックポイント。田井の集落より先は海岸づたいに行けないので、ここから半島の山越えになる。登り坂の連続であごが出てくる頃、ようやく東側の海が見えてホッとしたのもつかの間、さらにアップダウンが続いてから島蔭の集落に下りる。

 関西電力の広報用施設「魚っ知館」が昼食の適地となっていた。今回は大会本部で弁当のあっせんがなかったが、同館が350円でおにぎり弁当を売っていた。おにぎり2個に唐揚げ一切れ付いた簡素な内容だが、ウオーク途中ではこの程度のほうが筆者には望ましい。館内は飲食禁止だったが職員が庭園で食べるよう勧めてくれた。

 この日の予想最高気温は29℃。日差しもあってかなり暑い。最後のチェックポイントの宮津運動公園でお茶の接待を受けて、往路と同じKTR沿いを通り、市街地を抜けて島崎公園にゴール。協賛企業が提供してくれた缶入りの野菜ジュースで乾杯して、完歩を祝った。
  1. 2014/09/29(月) 18:35:49|
  2. ウオーキング
  3. | コメント:0

第2回おごと温泉・びわ湖パノラマウオーク第2日

2014年9月21日(日)20キロ 晴れ時々曇り
場所 大津市、滋賀県守山市
コース 雄琴湖岸緑地~月影公園~琵琶湖大橋~美崎公園~琵琶湖大橋~びわ湖米プラザ~月影公園~浮御堂~衣川緑地公園~おごと温泉観光公園

「湖族の郷」が生んだ琵琶湖哀歌

 二日目になると要領もわかる。同じ時刻のJR湖西線を下りると、急いで改札口を抜け大会の送迎バスに乗り込む。おごと温泉観光公園に着くと、向かいの雄琴湖岸緑地から30キロコースの参加者がスタートしていくのが見える。前日の曇天と打って変わり青空に恵まれた。さわやかな秋空というには幾分暑い。

 出発式のあいさつは小島達雄滋賀県ウオーキング協会(SWA)会長が務めた。ストレッチ体操の指導は大会実行委員長の若吉浩二・びわこ成蹊大教授が担当。昨日に続いて大津市のマスコット「おおつ光ルくん」、おごと温泉のマスコット「おごとん」に加えて、この日は和歌山県から「きいちゃん」も来訪した。教授はゆるキャラ3体に「頭の上で手を組んでください」などと無理難題を言っては参加者の笑いを誘っていた。

IMG_0499_convert_20140921201011.jpg IMG_0504_convert_20140921201108.jpg
写真①=勢ぞろいしたゆるキャラ。(左から)おおつ光ルくん、おごとん、きいちゃん
写真②=あいさつする小島達雄・滋賀県ウオーキング協会会長(右)。中央が若吉教授

 この日もノルディックのストックを使うので15分早く出発させてくれた。雄琴から堅田へ国道を一路北上する。南北朝時代の武将・新田義貞の愛人だった匂当内侍の墓と堅田内湖を横目に琵琶湖大橋に取り付く。橋の中央の眺望ポイントでは多くの参加者が記念写真を撮っていた。西岸の比良山系、東岸の八幡山周辺を一望できる。

 橋を渡ると守山市。湖岸の浜辺では地元の速野学区がハマヒルガオを育てているが、シーズンオフで花は見当たらなかった。プラネタリウムを併設しているホテル「ラフォーレ琵琶湖」を過ぎ、湖畔のなぎさ公園の松林でSWAスタッフからチェックを受ける。

 帰路は再び琵琶湖大橋を渡り、堅田の古い街並みを歩く。堅田は中世から近世にかけて琵琶湖を支配した堅田衆の根拠地だ。延暦寺や下鴨神社に税を納める一方、寺社の勢力を支えに湖上を行き交う船から通行料を徴収した。だが織田信長の延暦寺焼き討ちと明智光秀による近江支配で力をそがれた。そのような歴史を持つことから「湖族の郷」をキャッチフレーズにしている。

IMG_0513_convert_20140921200906.jpg IMG_0515_convert_20140921200759.jpg
写真①=琵琶湖大橋上から比良山系を望む
写真②=第2チェックポイントは琵琶湖岸の松林の中

 堅田は琵琶湖哀歌」の作詞者・奥野椰子夫の生誕地でもある。歌詞を記した碑が橋のたもとに立っていた。メロディーが流れるらしいが、知らなかったので素通りしてしまった。

  遠くかすむは 彦根城
  波に暮れゆく 竹生島
  三井の晩鐘 音絶えて
  なにすすり泣く 浜千鳥

 1941(昭和16)年4月、金沢市の旧制第四高等学校漕艇部が琵琶湖の大津~今津間で遠漕中、萩の浜沖で折からの強風にあおられて転覆。クルー11人全員が死亡した。「琵琶湖哀歌」は4番まであり、琵琶湖の名所旧跡を詠み込んでいる。悲劇からあまり時間をおかず、全国を風靡したという。

IMG_0521_convert_20140921200707.jpg IMG_0525_convert_20140921200503.jpg
写真①=浮御堂が見えてくる
写真②=浮御堂向かいには湖魚料理の店があった

 湖岸に沿って行くと湖の中にお堂が突き出ているのが見える。浮御堂だ。金網があって直接は入れない。いったん湖岸を離れ一般道に面して入口がある。入場料は300円。ウオーキング中とあってそこまでの観光はしない。

 浮御堂の向かいにはお土産用の湖魚の店があり、炊き込んだゴリや子持ちアユなどを売っていた。醤油で飴色に炊き込んであり食欲をそそられた。

 最後の行程はつらいが、沿道で立ち番を務めるびわこ成蹊スポーツ大学生からのあいさつを励みにやっとゴール。午後1時前で快調なペースを刻むことができ前日に続いて堅田の銘酒「浪の音」の試飲で祝杯をあげた。

 大会の参加は前日が1430人でこの日は506人。前日に大津市スポーツ少年団の約900人が10キロコースに参加したのを除けばほぼ同じだが、4コース合わせての人数なのでやや寂しい。お世話になったおごと温泉観光協会や関連の企業、団体のためにも、5月の「びわ湖長浜ツーデーマーチ」と並ぶ滋賀県の2大大会として発展していくことを望んでやまない。
  1. 2014/09/21(日) 19:02:23|
  2. ウオーキング
  3. | コメント:0

第2回おごと温泉・びわ湖パノラマウオーク第1日

2014年9月20日(土)曇り 20キロ
場所 大津市
コース 雄琴緑地公園~若宮神社~唐崎の松~大津びわこ館~近江神宮~日吉大社~石積公園~おごと温泉観光公園

光秀・人麻呂・最澄…古人訪ねる近江の秋

 秋になると週末のたびに日本各地でツーデーマーチが目白押しだ。筆者にとっての第1戦は「おごと温泉・びわ湖パノラマウオーク」。昨年から始まった若い大会で、おごと温泉観光協会と滋賀県ウオーキング協会(SWA)などが実行委員会を作り運営に当たる。

IMG_0452_convert_20140920215644.jpg IMG_0457_convert_20140920215007.jpg
写真①=出発式であいさつする越直美・大津市長。後方は金子博美会長と八田憲児大津市議
写真②=山崎での敗戦後に明智光秀が目指してたどり着けなかった坂本城跡

 スタート会場の雄琴湖岸緑地公園はJRおごと温泉駅から徒歩20分程度かかる。駅を降りると案内の女性が「バスにどうぞ」と勧めてくれた。だが温泉旅館の送迎用なので多くは乗れない。筆者の前の人で満席になった。後方の男性が「立って乗っていいか」と尋ねて断られていた。「バスは10分ほどしたらまた来ますから」とは言われたが、あきらめて歩いた。

 琵琶湖岸の雄琴緑地公園が出発式会場だ。越直美・大津市長と金子博美・おごと温泉観光協会長が開会あいさつ。運営に協力しているびわこ成蹊スポーツ大学の学生のリードでストレッチ体操を行ったが掛け声のリズムが速すぎた。高齢者やそれに近い年齢の参加者には速い動きは難しくなっている。世代の差を感じる瞬間だった。

IMG_0463_convert_20140920215103.jpg IMG_0469_convert_20140920215240.jpg
写真①=唐崎神社からは対岸の三上山がくっきり見えた
写真②=柳ヶ崎の湖岸にあった柿本人麻呂の歌碑

 ノルディックウオーク用のストックを持って行ったのが幸いした。「ノルディックの人は先に出発してください」とのアナウンスがあった。集団に巻き込ると周囲に危険でストックが使えない。そのための配慮だろう。指導員風のオレンジのベストを着た人に続いて20人ほどがスタートゲートに向かったのでその後を追う。

 しばらくは国道を行くがやがて昔ながらの集落に入っていく。寺の前を通ると由緒を示す駒札が目に入る。元亀年間、織田信長の比叡山焼き討ちの際、ふもとの坂本一帯も焼かれたらしい。明智光秀の居城だった坂本城跡の石柱があった。

 唐崎神社に入っていく。鳥居と社殿の奥には琵琶湖が広がる。湖の神様を祀っているようだ。「近江八景 唐崎の夜雨」の碑があり対岸には近江富士・三上山がくっきり見えた。

IMG_0472_convert_20140920215319.jpg IMG_0475_convert_20140920215159.jpg
写真①=チェックポイントのあった大津びわこ館
写真②=近江神宮の社殿までは遠そうだったので前を通過した

 柳が崎の公園に入る。ウオーキングのためかどうか分からないが直前に草を刈った形跡があった。このあたりは昔は車で湖岸まで入れたが、バーベキューをする人がひっきりなしに訪れ、騒音やごみなどで隣接する高層マンションから苦情が出たらしい。今は車止めが設置され入れない。地元の人らしい参加者がそんな話をするのが聞こえてきた。園内には柿本人麻呂の歌碑があった。

  淡海の海夕波千鳥汝が鳴けば 心もしのにいにしえ思ほゆ  柿本人麻呂

 大津びわこ館でチェックポイント。「近江神宮はこの先まっすぐです」と立ち番のSWAスタッフが緩やかな上り坂を指し示した。コースは門前を右折し神社内には入らない。お参りしようかと思ったが本殿まで遠そうなので諦めた。

IMG_0481_convert_20140920215401.jpg IMG_0483_convert_20140920215446.jpg
写真①=鳥居をくぐってゆくと日吉大社の本殿に向かう
写真②=生源寺の伝教大師幼形像

 しばらくは京阪電鉄石坂線を右に見ながら行くが左に入り登りになる。快調に飛ばしてきたが行程の4分の3を過ぎてさすがに疲れてくる。 伝教大師最澄が彫ったという石地蔵を安置する地蔵堂が建つ四つ角に出る。左は比叡山延暦寺への登り道。まっすぐ鳥居をくぐれば日吉大社参道だ。コースは右に折れて坂本の中心部を通り抜ける。

  左手に最澄の生誕の地とされる生源寺がある。境内に入り伝教大師幼形像にお参りする。寺の向かいには「日吉そば」、「鶴喜そば」の2件のそば屋がある。どちらも有名で、昼時とあって入りきれない観光客と思しき人がが店の前に数人いた。昔、京都駅前のヨドバシカメラが京都近鉄百貨店だったころ、7階の食堂街に鶴喜そばの支店があったのだが…。

 石積みの巧みさで有名な穴太(あのう)衆の里・穴太もこの近くだ。その石垣が残る石積公園がチェックポイント。住宅地の中を一路ゴールに向かう。

IMG_0487_convert_20140920215524.jpg IMG_0491_convert_20140920215601.jpg
写真①=伝教大師最澄の生誕の地とされる生源寺
写真②=堅田の銘酒「浪の音」をふるまうびわこ成蹊スポーツ大の学生

 ゴールのおごと温泉観光公園では、堅田の造り酒屋「浪の音酒造」が同名の酒を樽で提供し、無料で試飲させてくれていた。禁酒している身も忘れ、2杯いただいてしまった。店番の大学生は「お好きなだけ飲んでください」と言ってくれて、酒盛りさえできそうな雰囲気だった。隣のテントではそばめしやフランクフルトを売っていて、つまみにピッタリだったのだが…。

 滋賀県西北部の高島市には五つの蔵元がありそれぞれ「竹生島」「琵琶の長寿」「松の花」「不老泉」「萩乃露」の銘柄で出している。いずれもまろやかで口当たりが良いのが特徴だが、「浪の音」も同じ湖西の風土が生んだだけあって、それらに勝るとも劣らない。さまざまな意見はあろうが、筆者は「日本酒は滋賀に限る」と確信している。
  1. 2014/09/20(土) 20:56:48|
  2. ウオーキング
  3. | コメント:0

懐かしのチンチン電車ウオーク(京都府ウオーキング協会9月例会ファミリーコース)

2014年9月7日(日) 14キロ 晴れ
場所 京都市伏見区、南区、下京区、中京区、上京区
コース JR稲荷駅~いなり児童公園(旧市電稲荷駅跡)~勧進橋~京都駅前・電気鉄道事業発祥地の碑~梅小路公園市電駅舎~綾西児童公園~四条西洞院~堀川遊歩道~京都市こども文化会館~京都市電北野線記念碑~JR円町駅

時代の変遷映す路面電車の跡

 京都市の市電は街の区画と同じく、幹線道路を碁盤の目状に通っていた。東西の通りは北から北大路、今出川、丸太町、四条、七条、九条の6本。南北は東から東山、河原町、烏丸、千本・大宮、西大路の5本だ。北東の銀閣寺と南西の松尾大社に向けて張り出た路線もあった。このほか京都駅から伏見の中書島までの伏見線とその支線の稲荷線、さらにはチンチン電車と呼ばれていた北野線(京都駅~北野)があった。

 このうち伏見線は全国初の路面電車として知られる。1895(明治28)年に京都電気鉄道によって七条停車場(現・JR京都駅)と現在の伏見区京町付近を結んだ。当時の京都~大阪間の輸送は、淀川、宇治川を行き交う江戸時代からの水運に依存していた。伏見線が急がれたのは伏見には宇治川の水を引いた運河と港があり物資の集積地になっていたからだ。開業後は京都から大阪市の天満橋近くにある八軒屋浜まで、電車と船の通し切符も発売されたという。

 伏見線の支線として明治37(1904)年8月に勧進橋から稲荷まで開通したのが稲荷線。伏見稲荷大社の門前まで多くの参拝客を運んだ。両線は昭和45(1970)年4月1日廃止になった。

IMG_0392_convert_20140915204310.jpg IMG_0393_convert_20140915204347.jpg
写真①=昔のチンチン電車。ハッピ姿の子供が先を走り電車の通行を知らせた
写真②=四条西洞院の停留所に着いたチンチン電車

 チンチン電車と言われた市電北野線は京都駅から北野までの6.3キロ。二条城前の堀川通りを通ったので堀川電車とも呼ばれた。西陣京極の別名のある千本中立売から北野天満宮の門前に至る。京都の初期の路面電車は京都電気鉄道(京電)という会社が運営したが大正7(1918)年にすべて京都市営となった。京電時代の狭軌(1067mm)の線路幅は順次、広軌(1435mm)に敷き替えられたが北野線だけは昭和36(1961)年8月1日に廃止されるまで狭軌のままだった。

 昭和30~40年代の高度成長期はマイカーの普及で路面電車が厄介者扱いされていく。市電は中心部から順次姿を消し、最後の外周部分が1978(昭和53)年9月30日に廃止された。この日のウオーキングは稲荷線と北野線の通っていた道をたどり時代の変遷を体感する狙いだ。  

IMG_0394_convert_20140915204424.jpg IMG_0398_convert_20140915204458.jpg
写真①=出発式会場は昔の市電稲荷線終点に当たる
写真②=鴨川に架かる勧進橋を渡る

 今年の夏は週末のたびに雨に見舞われた。この日も未明には激しい雨だったが明けてからは晴天で暑くなった。JR稲荷駅から交通量の多い本町通りを上がり、伏見稲荷大社への参拝客と別れて京阪電車伏見稲荷駅に向かう途中の、食堂や土産物屋が立ち並ぶ中の、いなり児童公園が集合場所。市電があった時は終点だった。

 公園は細長い作りで市電4台程度は止められたようだ。今は児童公園として、中央には東屋がある。その傍らに主催者の京都府ウオーキング協会(KWA)が昔懐かしいチンチン電車の写真約10枚を展示。懐かしそうに見入る高齢の参加者の姿があった。

 路面電車開業当初には交通事故を防止するため先導役の少年が電車の前を走りながら「電車、来まっせ。電車、来まっせ」と声を張り上げたという。写真には運転士と並んでハッピ姿の少年が写っているものもあった。

 IMG_0405_convert_20140915204542.jpg IMG_0408_convert_20140915204628.jpg
写真①=京都駅近くのルネサンスビル前にある市電開業の碑
写真②=梅小路公園の市電広場には昔の市電の車両が展示されている

 人や車が行きかう伏見稲荷大社門前の表通りを避けて、路地のような道から西へ向かう。周囲の民家や事業所とはそぐわないほど広い道に出た。ゆったり2車線で両側の歩道は2.5mずつありそうだ。「市電が通っていた道だからこれだけ広いんやね」を参加者の一人が話していた。竹田街道に入り鴨川に架かる勧進橋を渡る。昔はここで稲荷線が伏見線から分岐していた。

 北上してJR京都駅の八条口に着く。かつて市電のターミナルのあった北口には地下道から行くと近いのだが、旧路線に忠実に、東の跨線橋を渡る。京都駅前広場の東端にあり居酒屋や割烹が入るルネサンスビルの横に電気鉄道事業発祥地の碑があった。

IMG_0413_convert_20140915204708.jpg IMG_0418_convert_20140915204739.jpg
写真①=チンチン電車の車両もあった
写真②=広軌狭軌合わせて6本のレールが敷かれた四条西洞院付近

 梅小路公園には京都市が造った水族館がある。2階ではイルカショーでも行われているのだろうか。多数の観客が席を埋めているのが見えた。今年3月には市電広場ができ、緑色の車体が往時をしのばせる。その西側にチンチン電車の車体が2両残っている。1台は展示用でもう1台は実際に園内の線路を走行しているが、こちらが現役だったころを知る人は相当の年輩だろう。

 公園を出て西洞院通りから四条通に入る。チンチン電車と呼ばれた北野線(京都駅~北野)は狭軌、その後の市電は広軌で線路の幅が違う。四条西洞院から四条堀川までは現在では市バス一停留所区間だが、広軌と狭軌の共用だったので、東行西行合わせ計6本のレールが敷設されていたという。

IMG_0423_convert_20140915204818.jpg IMG_0426_convert_20140915204856.jpg
写真①=チンチン電車の車庫があった京都こども文化会館「エンゼルハウス」
写真②=北野天満宮向かいのチンチン電車終点には碑が残る

 堀川通を北上して二条城前を通る。電車は中立売通で堀川通りを渡り西陣方面向かう。線路跡はかつての繁華街だった千本中立売を越えて北野天満宮方面に右に折れる。曲がり角の内側あたりにあるのが京都市こども文化会館(通称・エンゼルハウス)。ここはチンチン電車の時代の車庫だった。

 なお北上して今出川通に出たところに京都市電北野線記念碑が立っている。KWAスタッフの案内を聞きながら、参加者は興味深げに眺めながら通り過ぎて行った。チンチン電車はここが終点だった。ウオーキングは一路、御前通を下がってJR嵯峨野線円町駅にゴールする。
  1. 2014/09/07(日) 23:37:47|
  2. ウオーキング
  3. | コメント:0

プロフィール

きょうつれづれ

Author:きょうつれづれ
京都駅前つれづれ通信へようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (0)
時事 (2)
ウオーキング (97)
福祉 (1)
歴史 (2)
カフェ・レストラン (4)
書評 (1)
文学 (2)
医療 (2)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。