京都駅前つれづれ通信

ウオーキングを中心に、日々気付いたことを紹介します。ご意見をお聞かせください。

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これぞ黒田武士~軍師官兵衛シリーズ②(京都府W協会3月例会ファミリーコース)

2014年3月30日(日)雨のち曇り 13キロ
場所 京都市伏見区
コース JR藤森駅~藤森神社~伏見北堀公園~伏見桃山城~明治天皇陵~御香宮神社~伏見港公園~松本酒造~寺田屋~黄桜酒造~JR桃山駅

終わり良ければすべて良し

 朝、出がけからかなり強い雨が降っていた。普通なら不参加を決め込むところだが、黒田官兵衛のことを調べる事情がある。京都府ウオーキング協会(KWA)例会で豊臣秀吉が築いた伏見旧城下を歩けば何がしかのヒントが得られるのではないかと考えた。

 本当ならこの週末は官兵衛シリーズで2連戦のはずだった。だが年度末で仕事をかなり抱えていた関係で土曜日の神戸ウオーキング協会主催の「黒田官兵衛シリーズ③~国府山城址」を断念した。おかげで仕事ははかどったが、残念な気持ちは消えない。

 官兵衛は秀吉の播磨進駐に伴い、姫路城を明け渡して父・黒田職隆(もとたか)の隠居城だった国府山城に移る。30日放映のNHK大河ドラマ「軍師官兵衛~小寺はまだか」では国府山城とみられる場面で竹中半兵衛(谷原章介)が物見をして職隆(柴田恭兵)に見とがめられるシーンがあった。

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写真①=集合するや休憩所と社務所前で雨宿り
写真②=宇治川派流では桜が咲いていた

 話を日曜のウオークに戻す。馬の神様として知られる藤森神社で集合する。折からの雨で休憩所と社務所前は参加者で埋まっていた。雨の中を憂鬱な気持ちで出発する。傘がぶつかり合わないよう、参加者の集団をやり過ごしてから、かなり後方に位置取りした。しばらく住宅の中を行くがやがて家が尽きて坂になり、伏見北堀公園に入る。ここでKWAが誇る語り部の解説があった。

 黒田家の家来に母里太兵衛(配役・速水もこみち)という豪の者がいた。ある日、福島正則のところに使いに出される。「酒は飲むな」と厳命されていたが正則に「俺の酒が飲めないのか」と強要され、さればと大盃で飲み干した。その代償にと正則が天皇から賜ったとされる槍「日本丸」を手中にする。民謡「黒田節」のモデルになった話だ。

 語り部は「まだ続きがあります」と言って話を続けた。太兵衛は朝鮮の役で虎に襲われる。それを助けたのが同じく黒田家中で育った後藤又兵衛。お礼に槍は又兵衛のものになったという。

 如水(官兵衛の出家名)は伏見城下の黒田家屋敷で死去した。すぐ近くにあったらしい。その場所には何も残っていないが、隣家の末裔は今も近くに住んでいるという。 

 桜が開き始めた伏見桃山城から明治天皇陵の参道に入る。空は暗く、雨は相変わらずしとしと続いている。誰かから強制されたわけでもないのに「何でこんな日に歩かんならんのや」と、ぼやきながら歩いている人もいた。日曜にしか体が自由にならない人もいる。不本意な天気に対してお天道様に毒づきたくなる気持ちは筆者とて変わらない。

 お宮参りでにぎわう御香宮神社を過ぎて、アーケードのある大手筋に入ってほっとする間もなく、南に折れて雨の中を伏見旧市街に出る。伏見港公園体育館内で昼食休憩。濡れずに食べられる場所を確保してもらった。体育館とKWAスタッフに感謝、感謝。

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写真①=坂本竜馬ゆかりの寺田屋は今でも宿泊できる
写真②=日本酒のショット売りもしていた黄桜記念館

 体育館を出ると風が強くなっていた。参加者の1人が「もうすぐ止むよ」と言った通り、正午過ぎには雨脚が弱くなった。桜が3分咲き程度まで咲き誇る宇治川派流を行く。伏見は運河の町。水運から鉄道輸送に移ってかなりの部分埋め立てられたが、今では船下りなど観光にも役立っている。

 幕末に坂本竜馬が宿泊し、危うく殺されそうになった寺田屋はそのままの形で残っており、2人以上で1か月以上前に申し込めば宿泊もできる。1人6500円で朝食をつければ7000円。幕末の風情が味わえると人気があるらしい。

 伏見は酒の町でもある。酒蔵が並ぶ中に黄桜酒造には展示館もあった。小さなコップで日本酒を飲んでいる人がいる。試飲ができるのかと思ったが、ワンショット100円で売っていた。ウオーク終盤なので飲みたい気持ちはあるが、気持ちを切らせるわけにはいかない。多くの参加者は展示館にさえ寄らずに先を急いでいた。

 約3時間の行程で最初2時間は雨。それでもラスト1時間は回復し、十分に運河と酒の伏見城下を味わえたのは幸いだった。好天であれば最高のコースだったが…。参加は179人。雨の中でよく集まったと言うべきだろう。
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  1. 2014/03/30(日) 14:51:34|
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第11回加西ロマンの里ウォーキング(加西市体協主催、加西市教委共催)

2014年3月22日(土)14キロ 晴れ時々曇り
場所 兵庫県加西市
コース 北条鉄道北条町駅~加西市役所(スタート)~北条の宿場町~酒見寺・住吉神社~五百羅漢~小谷城跡~オークタウン加西~加西市役所(ゴール)~北条鉄道北条町駅

播磨も京都も敗者だった

 知らない町を歩いてみたい、そんな気持ちも少しはあった。神戸電鉄とJR西日本のハイキングパンフレットで知って、面白そうに思ったのが始まりだった。はがきで事前申し込みをした以上、いい加減なことはできない。寒い日の早起きはつらかったのだが…。

 どこか遠くに行きたい、などと思ったことは露ほどもないのだが、それにしても遠かった。京都発6時9分のJR快速に乗って加古川まで1時間50分。ローカル線の風情を残すJR加古川線と北条鉄道に二十数分ずつ乗って9時11分にようやく加西市の中心駅である北条町に着く。

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写真①=ピンクと緑の北条鉄道車両
写真②=あいさつする加西市の西村市長

 国鉄時代の加古川線の4支線のうち3本は廃線となり、曲がりなりに残っているのは第3セクター運営となった北条鉄道だけ。運行主体の加西市は懸命に存続に努めているが予断を許さない。ピンクと緑の2台の車両があり1時間に1本、1両で運行する。地元の人はレールバスと呼んでいた。これに乗るのも目的の一つだった。

 加古川線から乗り換える粟生駅で40人ほどは小野アルプス縦走のイベントに行ってしまった。北条町駅に降り立った参加者はわずかに15人程度。「たったこれだけか」と驚いたが違った。神戸電鉄のハイキング担当者の先導で受付会場の加西市役所まで歩くと、多数の参加者が広場を埋めていた。加西市民主体のイベントに神戸電鉄がタイアップし、市外のハイカーにも参加を呼び掛けていたのだった。

 参加者は約300人でおおよその内訳は加西市民210人と市外の90人。運営スタッフは市体協加盟17団体のメンバーと市教委や市の職員計約100人。出発式では市体協の杉本信彦会長と来賓として西村和平市長があいさつに立った。

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写真①=加西市のマスコット「ネッピー」も見送り
写真②=酒見寺に到着

 播磨国風土記によると、今の加西市に当たる賀毛郡に根日女(ねひめ)という女性がいた。根日女は兄弟の若者と仲良くなるが、実は兄弟は都から逃げてきた皇族で、やがて迎えられて皇位に就く。第23代顕宗(弟)、第24代仁賢の両天皇だ。

 神戸市西区の神戸電鉄押部谷駅近くに顕宗仁賢神社がある。流謫の地がその近辺とすれば、兄弟は今の神戸電鉄粟生線と北条鉄道の経路をたどって根日女のもとに通ったことになる。兄弟(恐らくは弟)は根日女を皇后に迎えようとしたが、その前に身まかったとされる。

 市内にある玉丘古墳(墳丘109mで兵庫県6番目)が根日女の墓と伝えられる。市は本年が播磨風土記1300年に当たることから根日女をモデルとしたゆるキャラ「ねっぴー」を作製。この日も出発の際に見送ってくれた。

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写真①=五百羅漢。道路から塀越しに撮った
写真②=小谷城跡まではハードな上り坂

 山陽と山陰を結ぶ北条の宿、奈良時代創建の酒見寺と隣接する住吉神社を経て羅漢寺の横を通り過ぎる。寺の中にたたずむ五百羅漢は正確には404体。誰が何のために作ったか分からないが、一説には嘉吉の乱(後述)の巻き添えで亡くなった多くの領民を供養するためと言われる。面貌の異なる石仏の中には必ず親や子に似た顔があると言われ、素朴で表情豊かな野の仏として親しまれている。この日は寺の中には入らないが寺の塀越しに眺めることができた。もとより表情までは分からない。個人で再度来る機会があればいいのだが。 

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写真①=小谷城跡から展望を楽しむ参加者
写真②=赤松祐尚が建立したという陽松寺

 コースは9キロと14キロとある。14キロだと赤松氏の居城があった小谷(こだに)城跡への登り下りが加わる。赤松氏は中世に播磨守護として勢力を誇ったが、領地召し上げを恐れた赤松満祐が室町幕府6代将軍の足利義教を暗殺した嘉吉の乱(1441年)で幕府方に攻められ敗死した。標高218㍍の山頂にある小谷城は満祐の弟・赤松直操(なおもち)の居城だったが、真弓峠(生野峠)の合戦に敗れ自害した。

 播磨はいったん山名氏が支配したが、応仁の乱で再興を果たした赤松家が取り戻した。小谷城も赤松祐尚(すけひさ)が再建し、城のすそ野に陽松寺を建立。嘉吉の乱で討ち死にした家臣や一族を供養する墓を境内裏に建て、住吉神社の改築、酒見寺講堂の寄進、毎月二と六の日に市場を開くなどの善政をしいた。だが天文11(1542)年、播磨に侵攻してきた尼子氏を迎え撃って討ち死にしたという。

 NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」で赤松氏は小寺、別所両氏と並ぶ播磨の三大勢力とされていた。祐尚の二世代ほど後の話だろう。 

 城跡へはつづら折りの坂道を登る。途中自動車道から地道に入る。「ご自由にお使いください」と竹の杖が道端に数本あった。城のあった頂上からは加西市の中心部の北条町方面が眼下に見える。本丸から西へ一から五の丸まであったとされ、山城としては相当の規模だ。

 嘉吉の乱で赤松氏のいた播磨は敗者となった。しかし将軍が殺されたことで室町幕府の権威は失墜し、後期の将軍は代々流浪の日々を強いられた。その意味では京都も敗者だ。京都にいると足利将軍家を中心に歴史を見てしまう。播磨側からの視点も必要なのではないかと、今のところ漠然と考えている。

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写真①=わかめスープを振る舞ってくれたみなさん
写真②=市内にはのぼり旗が多数ひるがえっていた

 登って来る人の列は途切れないが、午前11時を回りリーダーの引率で下山にかかる。急な山道を下りきったあたりに陽松寺と赤松祐尚の墓があった。

 体育館やキャンプ場を備えた郊外型研修施設・加西オークタウンが昼食休憩場所。9キロの参加者は既に帰途につくのであろう。入り口付近で数十人とすれ違った。施設前のテントで、わかめスープの振る舞いがありお代わりも勧めてくれた。参加者は用意されたいすに掛けて弁当を食べていた。

 残り行程は数十分、立ち番のスタッフの案内に従ってほぼ平坦な道を行く。中国自動車道に出たところでスタッフが「あっちが福崎です」と教えてくれた。福崎という駅がJR播但線にあったと、数十メートル行ってから思い出した。土地勘のない悲しさだ。午後1時前、市役所に着いて飲み物をもらいウオークを終える。

 加西ロマンの里ウォーキングは毎年コースを変えているようだ。来年は風土記「楢原の里」というところに行くらしい。また参加しないといけないのだろうか…。 
  1. 2014/03/22(土) 18:51:29|
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東山おもてなし街道(第5回京都ツーデーウオーク第1日)

2014年3月15日 晴れのち曇り 実歩行距離約10キロ
場所 京都市下京区、東山区、左京区
筆者の歩いた道 梅小路公園~河原町七条~四条大橋~知恩院前~円山公園~八坂神社~石塀小路~高台寺公園~二年坂~三年坂~清水寺門前(折り返し)~知恩院前~平安神宮~天王町~(バス+地下鉄)~京都駅~梅小路公園

ゆっくりと歩いてみたい京の道

 今回で5回目を迎えた京都ツーデーウオーク。一昨年まで京都府ウオーキング協会(KWA)スタッフを務めていたのが縁で、ツーデーだけの臨時スタッフを頼まれた。スタッフの集合時間は担務によって異なる。筆者が午前7時に発着会場の梅小路公園に着くと、早くも受付が始まっていた。テントなどは前日から立てておき、受付担当者は15分早く集まって書類などを準備する。

 筆者の役回りは広報、つまりカメラマンだ。一昨年に続き2回目になる。30㌔コース出発式の始まる7時45分まで、スナップ写真を撮り、出発の列をつくる参加者に話を聞いてそれぞれの思いに触れる。5月24、25の両日開かれる伊勢志摩ツーデーマーチのリーフレットを配っている人がいた。三重県志摩市役所か同市の観光協会の人かと思ったら違った。近鉄の社員の方が4人大阪から見えていたのだった。「4回目を迎えコースを新しくしました」と話してくれた。楽しみである。

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写真①=近鉄本社から伊勢志摩ツーデーマーチの宣伝に来ていた
写真②=大会旗を先頭に30㌔コーススタート

 京都ツーデーウオークに話を戻す。今年から会場が梅小路公園に移った。昨年までの平安神宮は平安京大極殿を模した朱塗りの建物が白砂に生えてそれは見事なのだが、結婚式が入ったりすると隣の岡崎公園に移らないといけない。梅小路公園なら京都市の施設なので急な変更にあわてることもない。最寄が京都駅なので遠来の参加者にも便利だ。

 主催は京都市、京都市体育協会、KWAの3者。運営にはKWAスタッフの他、一般会員、KWA協力団体の有志、京都3B体操協会、市と体協の職員が務める。30㌔、20㌔、10㌔各コースの出発式のあいさつを、主催3者の代表が分担した。20㌔コース出発式は門川大作京都市長が担当。梅小路公園には昭和50年ごろまで京都市中心部を走っていた市電や、さらに昔のいわゆる「チンチン電車」が展示されているが、門川市長は「ウオークの後はぜひ見ていってください」と宣伝していた。

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写真①=出発を見送る門川大作京都市長。和服がトレードマークだ
写真②=白川沿いの「かにかくに」碑を通る

 参加者にはそれぞれのこだわりと挑戦があった。徳島の女性は「きょうは地元の鳴門市でもツーデーをやっていますが、今年は気分を変えて京都に来ました」と話してくれた。神戸市の男性は「(近笑会の)100キロウオークに参加して足に水ぶくれができたので距離を20㌔に短縮しました」と残念そう。鳥取県の男性は「地元では歩くイベントが少ないので、KWAのふだんの例会にも参加したい」と意欲的だった。

 地元京都からも多くの参加者がいた。上京区の男性は「家に近い京阪出町柳駅あたりを通るのが楽しみです」と話した。日頃の生活空間を観光目線で眺めてみたいとの趣旨だろう。

 コースは五条大橋西詰めを要にした大小三つの扇形。いずれも鴨川河畔を上がり(北行し)東山山麓を下がる(南行する)。30㌔だと御薗橋から上賀茂神社、20㌔だと葵橋から下鴨神社を経てともに哲学の道、10㌔は四条大橋から白川沿いの石畳をたどる。円山公園から清水寺かいわいは共通コースだ。名所旧跡は数多いが一人で網羅しきれない。大筋10㌔コースに絞って撮影することにして、公園を後にした。

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写真①=辰巳大明神で出会った新郎新婦
写真②=高台寺公園前の新郎新婦は人力車に乗っていた

 白川沿いの石畳の道を行く。吉井勇の「かにかくに祇園はこひし寝(ぬ)るときも枕の下を水の流るる」の歌が記された「かにかくに碑」前から、石畳の道が鋭角に曲がる角地の辰巳大明神を通り、東山通りを渡って坂を登り知恩院前で共通コースに入る。

 円山公園から八坂神社、細い路地の両側に高級料亭が並ぶ石塀小路と写真を撮りながら進む。チェックポイントの高台寺公園では人力車に乗った新郎新婦に出会った。実はこの近辺の立ち番のスタッフは地元の人ではない。京都府北部を活動範囲とする北京都(ほくと)ウオーキング協会の人が応援に来て立ってくれている。道案内や観光案内など一般の人からも声をかけられることが多い場所だけに、ご負担をかけていると思う。

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写真①=高台寺公園のチェックポイント
写真②=二年坂から三年坂への曲がり角で山椒ちりめんを試食させてくれた

 観光客でにぎわう二年坂が三年坂に合流する角地には山椒ちりめんの店があって、いつも手のひらに乗せて試食させてくれる。ご主人は通り過ぎる参加者が多いことに驚いた様子だったが、3コース千人以上通ることを説明すると、さらにびっくりしておられた。

 清水寺の門前に着いた。あとは茶わん坂を下って市街地に出てゴールに向かうコースなのだが、まだ正午前で下るには早すぎる。行くか戻るか思案しているところに10㌔コースのリーダーが来た。自由歩行なのでリーダーを追い越す参加者はいるが、多くはまだ来ていないと分かり、北へ引き返して、すれ違う参加者をカメラに収めていくことに決めた。

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写真①=あぶり餅だろうか。香りに引かれ買い求める参加者
写真②=参加者と観光客でにぎわう清水寺門前

 平安神宮を中心にした岡崎一帯では参加者の列が延々と続いている。コース終盤になって足が疲れたのだろう。信号待ちのわずかな間に立ち番のスタッフからストレッチ指導を受けている場面に出会った。筆者はゴールの撮影もしないといけない。天王町からバスと地下鉄を乗り継いで会場に帰ることにする。バス待ちの間も参加者が横を通り過ぎるのでスタッフ用の帽子を脱いで隠すが、出発式の時に列の横をウロウロと姿をさらしていたので、正体を見破られていたかもしれない。

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写真①=平安神宮の前を南へ折れる
写真②=ゴール後に福引の当選番号表を見て自分の番号を探す参加者

 先に述べたように今年から会場が平安神宮から梅小路公園に変わり、それによってコース設定も変わった。観光客で最も込み合う場所の一つは清水寺かいわい。二年坂や三年坂は石段の両側に甘味処やこだわりの逸品の店が軒を連ねる。清水寺近くは銘菓「おたべ」製造販売の店や土産物店が多い。昨年までなら午前中の比較的すいた時間帯に通れたのだが、今年は午後にずれこみ一般の人と交じりあい混雑する事態となった。

 速く行こうとすると人をかき分けることになる。ゴール後に話を聞いた大阪市の男性は「清水寺かいわいは人が多すぎて歩きにくかった」との感想だった。確かに目標タイムを設定して速さに重点を置く参加者には欲求不満が高まる区間だったと思う。しかし物は考えようだ。

 家族、カップル、友人同士、東山の風情を味わいながらそれぞれに満ち足りた時間を過ごしているのだから、参加者もそのような時間を共有してほしいと思う。筆者は、歩行速度を時速4キロ程度に落とし、試食を楽しみ店を冷やかし、できれば買い物や飲食でお金を落としてもらえればと思うのだが…。

 2日目は仕事のため不参加とせざるをえなかった。残念である。
  1. 2014/03/15(土) 19:52:42|
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倉敷出会い旅③(第27回瀬戸内倉敷ツーデーマーチ番外編)

2014年3月7日(金)~9日(日)
場所 岡山県倉敷市・美観地区一帯

白壁の堀端に焼き鳥の香り

 連れ立って飲みに行ったとき、焼き鳥を注文したとする。運ばれるやいなや、鶏肉もネギもつくねも何もかも串から外してしまって、箸でつまんで食べる人がいる。自分の串だけでなく全部の串を外し、バラバラにした食材を人に勧める人がいる。本人は気配りのつもりだから、誤解の根は深い。

 倉敷市で焼き鳥店を営む高田征男さん(73歳)は、そのような客を見たら声を掛ける。「串から直接食べてください。たれで口を汚しながら食べるのが、焼き鳥の味わい方です」

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写真①=焼き鳥店「高田屋」と社長の高田征男さん
写真②=白壁と堀端の美しい美観地区

 高田さんの店「高田屋」は美観地区内。旧倉敷総鎮守である阿智神社門前に近い本町通りにある。土蔵を改修した渋い雰囲気の店舗で、保存活用の先駆的な試みとして市の表彰を受けたこともある。高田さんとは大阪の会合で出会ってから20年以上になる。以来、倉敷に行けば必ず立ち寄る。熟年だった社長の高田さんは高齢者の仲間入りし、若者だった店長は貫禄がついて一緒に店を支えている。

 十数席のカウンターからはガラス越しに調理の場面を見ることができる。太めの串を無数に並べ、焼け具合を観察しながら肉の種類に応じて味をつける。丁寧に、しかも手早く行う熟練の技だ。それだけに「食べるほうもマナーを守ってほしい」という職人としての思いは尊重されるべきであろう。高田さんの焼き鳥は塩味や薄味のものが多く、実際に口を汚して食べることはほとんどないのだが…。

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写真①=猫好きにはこたえられない猫グッズの店
写真②=明治10年創業。「むらすゞめ」の橘香堂

 江戸時代、幕府の天領として代官所が置かれた倉敷には、特産物「備中三白(米・綿・塩)」が倉敷川を通じて集積され、交通の要衝となった。白壁やなまこ壁、格子窓の町屋や土蔵が、川の堀端を中心に立ち並ぶ。近代になってからは紡績業で栄え、その富の集積が大原美術館やアイビースクエアといった文化遺産になって、ともに美観地区を形作っている。年340万人の観光客が集まるという。

 建物の多くは築100年以上だが、高田さんのように中を改装してレストランやカフェ、ギャラリー、土産物屋として営業している。クレープ菓子「むらすゞめ」を製造販売する明治10(1877)年創業の「橘香堂」のように伝統ある店舗もあれば、衣食住にかかわる多種類の猫グッズを集めた、猫好きにはこたえられない店もある。

 瀬戸内の温暖な気候に恵まれた倉敷。好天が続き、ウオーキングと観光の両方を味わえた道行だった。 
  1. 2014/03/13(木) 19:43:07|
  2. ウオーキング
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倉敷出会い旅②(第27回瀬戸内倉敷ツーデーマーチ第2日 新熊野史跡コース20キロ)

2014年3月9日(日)曇り 20キロ
場所 岡山県倉敷市
コース 倉敷市役所~藤戸寺~熊野神社~天城小学校~倉敷市役所

幸あれ、熊野神社の新郎新婦

 3年前は瀬戸内倉敷ツーデーマーチ開催前日の3月11日に東日本大震災が起きた。それ以来、犠牲者の鎮魂と被災地への共感の思いは、本大会と切り離せなくなった。この日あいさつに立った松浦謙二・倉敷市議会議長も「東北3県の特産品の販売や義援金コーナーを設けました」と語り、震災の記憶を風化させることがないよう参加者に呼びかけた。ゴール後の午後2時には東北の物品は完売しブースは無人だった。参加者の連帯感が表れているようだった。

 この日も前日に引き続き、多くの皆さんにお世話になった。ここに紹介するのはその一部の方である。

IMG_5586_convert_20140310124540.jpg 西川さん替え
写真①=大会グッズの帽子、Tシャツなどを販売する倉敷市職員のみなさん
写真②=親子連れに折鶴をプレゼントする西川さん(左)

 ≪倉敷市役所職員のみなさん≫ 児島、玉島などの支所を含め職員の大半が、ツーデーマーチの二日間は特別出勤する。沿道の道案内のほか、本部運営など縁の下の力持ちにも徹してくれている。大会グッズの販売にも朝早くから女性3人が当たり、過去3大会の帽子、Tシャツ、ナップサックを販売。スタート時間が近づくにつれて多くのウオーカーがブースを取り囲んでいた。大会には、このほか岡山県交通警察協助員の制服や腕章をつけた年配の皆さんが交通安全などに努めてくれた。

 ≪西川恭一さん(76歳)=さいたま市南区≫ 大きな折鶴2羽をリュックの上に高く掲げ、ウオーキング参加者に手作りの折鶴をプレゼントしている。ベテランウオーカーの間では「鶴おじさん」として有名だ。「遠来の参加者に喜んでもらいたい」と始めてからもう十数年。最初は自宅から近い埼玉県東松山市の日本スリーデーマーチで外国人限定で渡していたが、一般参加者からも反応がよく、近年は国籍、年齢、性別を問わず受け取ってくれる人には渡している。日本マーチングリーグ加盟のウオーキング大会(現在18大会)には参加するようにしており、折鶴は一大会に1000羽用意する。そのため50羽折るのを日課に準備しているが、各地の歩友がまとまった数の鶴を折ってきて「これも使って」と会場で手渡してくれることもある。「歩く仲間のつながりはありがたいですね」と言って笑った。

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写真①=スタート位置を案内する川崎医療福祉大学のみなさん。前日とは別の人だった。
写真②=コーヒーを入れてくれる沙羅の会メンバー

 ≪川崎医療福祉大学のみなさん≫(3月8日の項を参照してください)

 ≪沙羅の会のみなさん≫ 藤戸寺のある藤戸地域の人で作る。寺は沙羅の木が有名で6月になると白い花をつける。その際に観賞会を催すがその準備や接待を行うのが沙羅の会だが、ツーデーマーチにも毎年コーヒーを準備してくれる。沙羅の木は石段を登りきった本堂前にあった。今は枝だけだが、会の人は「花の季節も良いですからぜひ来てください」と勧めてくれた。

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写真①=藤戸寺で接待に当たってくれた沙羅の会のみなさん
写真②=熊野神社でおにぎりと海産物を販売する郷内婦人会と郷内中学のみなさん

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写真①=チェックポイントの押印を行う郷内中学生
写真②=豚汁の接待も中学生の役割だ

 ≪郷内(ごうない)中学生と郷内婦人会のみなさん≫ 生徒76人と婦人会の20人が熊野神社で、ウオーカーの出迎え、チェックポイントの押印、豚汁の接待、海産物とおにぎりの販売に当たっている。コースが熊野神社を通るようになってからずっと続けているというから、もう四半世紀になる計算だ。干物などの海産物は市内の下津井漁港で仕入れるという。豚汁は2000食用意したというが余ったのだろうか。生徒が神社の入り口まで出て「豚汁いかがですか」と呼び込みをしていた。

三重塔前歓迎 熊野神社結婚式 天城婦人会
写真①=熊野神社の三重塔前で郷内中学生がバナーで歓送迎
写真②=朱傘を差しかけられて歩を進めるMさん夫妻
写真③=天城小学校での豚汁接待は10キロ参加者限定だった

 ≪Mさん(23歳)=熊野神社結婚式新郎≫ Mさんは高校2年の時から学業とアルバイトの傍ら熊野神社にボランティアに来ていた。卒業後に専門学校に進学したが経済的理由で中退。仕事に就き、そこで新婦と知り合った。既に婚姻届は済ませており子が一人いるが、困難を乗り越えて幸せをつかもうとしているMさん夫妻を祝福しようと、友人だけの参列でこの日結婚式を挙げることになった。午前11時半、太鼓の響きを合図に雅楽の調べの中、約10分間の花嫁行列があり、宮司や夫妻の子を抱いた巫女らに続き、朱傘を差しかけられた夫妻が幾分緊張した面持ちで歩を進め、最後に友人約10人が続いた。沿道のウオーカーからは「おめでとう」の祝福と盛大な拍手が贈られていた。

 ≪倉敷市交通安全母の会と天城学区料理教室のみなさん≫ 両グループの約10人が天城小学校で豚汁の接待。筆者が着いた時に約30人の列ができていた。半分ほど進んだときテント前に「ここは10キロコースの方の接待所です」との張り紙があるのに気づいた。20キロコースを歩き、熊野神社ですでに豚汁をいただいて来た身としては自粛するしかなく、列から退散した(涙)。

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写真①=下津井の蛸が入ったコロッケなどを売るブース
写真②=船穂町のスイートピーも売りきれ間近の様相だった

 ≪下津井漁港のみなさん≫ 倉敷市役所でゴールチェックを受けるとその奥の広場両側に約20のブースがあって市内の名産品などを販売している。倉敷市最南端の下津井漁港は蛸が名産だろうか。2つのブースでは蛸を使った料理を販売していた。蛸コロッケもあったが、午後2時15分段階で「あと12個で売り切れるね」と店の人が話しているのが聞こえてきた。下津井はこの日40キロコースを選べば訪ねることができたのだが…。

 ≪船穂町農業後継者クラブのみなさん≫ 旧浅口郡船穂町は旧倉敷と玉島の間にあり2005年に倉敷市に編入合併された。スイートピーが特産の一つ。出荷本数約820万本で栽培面積約3.4㌶。全国2番目の産地で関東方面など各地に販路を確保しているという。この日は一束300円で販売していたが、白やピンクの華麗な彩りに多くのウオーカーが買って帰っていた。スイートピーの花言葉は「門出」。同クラブは成人式や入学式など門出の時期にスイートピーを配って祝福するとともに、地元の名産を知ってもらう取り組みを続けている。船穂町と同時に編入された真備町からも生活改善グループの出店があり、食材などを売っていた。

※登場してもらった方の年齢は2014年3月9日現在です。
  1. 2014/03/09(日) 21:35:55|
  2. ウオーキング
  3. | コメント:0

倉敷出会い旅①(第27回瀬戸内倉敷ツーデーマーチ第1日 良寛コース20キロ)

2014年3月8日(土)20キロ 晴れのち曇り
場所 岡山県倉敷市
コース 倉敷市役所~くらしき健康福祉プラザ~厄神社~連島西浦小学校~箆取神社~水玉ブリッジライン~円通寺公園~倉敷市役所玉島支所

一椀の心尽くしが絆を広げた

 瀬戸内倉敷ツーデーマーチが催行される3月第2週は三寒四温の時期に当たる。四温なら申し分ないが今年は三寒にぶつかった。8日の岡山の最低気温は0.4度(平年3.1度)、冷え込みが厳しい朝だった。それでも一面の青空が広がり、出発式の女性司会者は「昼には気温が上がって過ごしやすくなるとの予報が出ています」と話していた。

 ツーデー、スリーデーといったウオーキングの大会は全国各地に広がりを見せているが、地元が一体となってさまざまな交流の場を設けてくれているのが11月の加古川と3月の倉敷の特色のように思う。そのような土地柄であればこそ、今回は人に焦点を当てて大会を振り返ってみた。名づけて倉敷出会い旅。

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写真①=島根県・隠岐の島の役場職員のみなさん
写真②=愛犬とともにスタートを待つ森さん

 ≪隠岐の島の役場職員のみなさん≫ 島根県・隠岐の島では5月31日から6月2日まで「とって隠岐スリーデーウオーク」を開く。島前(どうぜん)の3町村と島後(どうご)の隠岐の島町の計4自治体から一人ずつの職員が、スリーデー参加を呼びかけるため倉敷に来て、パンフレットを手渡していた。隠岐というと「離島」「遠い」というイメージだった。だがパンフレットを見ると、参加費、ホテル、ウオーカーの集いのすべてを網羅した「まるごとパック」があり便利に行けるようになっている。今年は無理でも来年は考えてみたい。隠岐の島が近づいてきたような出会いだった。

 ≪森幸二さん(50歳)=北九州市≫ 夫人と愛犬5匹とともに福岡県から車で参加した。ひもでつないだ4匹は母親(11歳)と三つ子(3歳)。3世代で参加したというからもう一匹が孫に当たるのだろうか。犬と一緒にウオーキング大会に参加するようになって11年になるといい、昨年の写真コンテストでも森さんの犬が被写体になった作品が確認しただけで3点あった。立派なモデル犬だ。森さんは今大会中の9日付朝日新聞岡山版にも登場。「季節もいいし町もきれい」と本大会の良さを語っている。

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写真①=スタート場所を案内する川崎医療福祉大学のみなさん
写真②=列の左右に分かれウオーカーを送り出す橋本岳(左)、柚木道義の両衆議院議員

 ≪川崎医療福祉大学のみなさん≫ 川崎医療福祉大学はJR山陽本線倉敷駅から一つ東の中庄駅が最寄り。理学療法士や作業療法士などリハビリのセラピスト養成や、スポーツ指導員育成のコースがある。大会には各日約30人がボランティアで協力。場所の案内やスタート・ゴールの際の押印を行った。会場で出会った若者の多くはここの学生だったようだ。

 ≪橋本岳(自民=岡山4区、40歳)、柚木道義(民主=比例中国、41歳)両衆議院議員≫ 岡山4区では毎回、同世代の2人が争う。柚木議員は2003年に橋本龍太郎元首相に挑み落選。元首相の死去で相手が二男の岳氏に代わってからは05年と09年に2連勝。12年12月には選挙区で敗れたが全国的な民主離れの中で比例復活を果たした強い候補だ。橋本議員は05年には比例復活したが09年には落選。だが12年に初めて選挙区から当選を果たした。出発式では昨年と同じく橋本議員が左、柚木議員が右に立ちハイタッチで参加者を送り出していた。柚木議員は2日目にも会場に現われ「20㌔コース、頑張ってください」と参加者一人ずつに声を掛けていた。

伊東市長 IMG_5524_convert_20140310213005.jpg
写真①=ハイタッチでウオーカーを送り出す伊東市長
写真②=沿道で折鶴と飴を手渡してくれた男女

 ≪伊東香織倉敷市長(46歳)≫ 出発式で「瀬戸内海国立公園の指定を受けてから80年目の記念の年を迎えました。箆取神社からの展望や玉島のレトロな町並みを楽しんでください」と主催者あいさつ。市会議員のみなさんと一緒に花道を作って送り出してくれた。

 ≪沿道の男女≫ 道沿いで、年配の男性が折鶴を、高齢の女性が飴を配っていた。近くに住んでいるとのことで、参加者に喜んでほしいと毎年続けているという。場所は箆取神社から水玉ブリッジラインの間としか覚えていない。

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写真①=玉島味噌醬油合資会社での甘酒の接待
写真②=菊池酒造では4種類のお酒を試飲させてくれた

 ≪玉島味噌醤油合資会社のみなさん≫ 玉島地区の商店街と堀端、円通寺公園を過ぎるとコースも終盤、レトロな街並みに立ち入る。玉島味噌醬油合資会社はその一角。法人としての創業は1920(大正9)年だが、江戸時代末から個人で味噌や醤油づくりを生業としていたという老舗だ。ここは毎年店の前で甘酒の振る舞ってくれるので人気が高い。味噌や醬油、酒かすの即売も行っていた。

 ≪菊池酒造のみなさん≫ 倉敷の地酒「燦然」の醸造元。毎年試飲のサービスを行ってくれるが、ゴールまでもう1キロもないので祝杯のつもりでいただいている。ことしは「奇跡のお酒」、しぼりたて、にごり酒、梅酒と飲み比べ、フルーティーな味わいの「奇跡のお酒」を買い求めた。720mlで約1800円。「高い」と思ったが理由があった。「奇跡のリンゴ」で有名な青森県の農家・木村秋則さんの自然栽培の手法を酒米に採り入れ、同酒造の社長・菊池東さんが自ら杜氏を務め作り上げた。菊池さんはこの日、お酒の説明にも当たっていた。

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写真①=玉島信用金庫職員がぜんざいの接待
写真②=児童に歩いた感想を取材する瀬戸内海放送スタッフ

 ≪玉島信用金庫のみなさん≫良寛コースゴール地点の倉敷市役所玉島支所では職員がそろいのはっぴに身を包み、ぜんざいの接待をしてくれた。接待は毎年行っており、ことしも職員25人がボランティアで調理に当たり1000食分を用意した。

 ≪瀬戸内海放送のみなさん≫ 3月29日に今回のツーデーマーチの特番を組む。コースの随所でカメラを持ったスタッフが取材に当たっていた。

※登場してもらった方の年齢は2014年3月8日現在です。
  1. 2014/03/08(土) 15:36:53|
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  3. | コメント:2

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