京都駅前つれづれ通信

ウオーキングを中心に、日々気付いたことを紹介します。ご意見をお聞かせください。

1800W京丹波町大会・由良川の河岸段丘を歩く(京都府W協会例会)

2012年11月11日(日)12キロ 雨
コース JR山陰線立木駅~長源寺~広瀬公民館~道の駅「和」~JR和知駅

人情息づく丹波路の中央

 京都府ウオーキング協会のファミリーコース例会は10時集合だが、京都府北部に位置するJR山陰線立木駅までの適当な電車は午前7時59分京都発、9時35分立木着の一本だけ。しかも途中の園部以北は通常2両での運転だ。参加者が100人も乗ればかなりの混雑になるだろうと覚悟していたが、一日中雨との予報の影響で、車両はガラガラの状態だった。

京丹波町副町長 長源寺ご住職
写真①=出発式であいさつする畠中副町長
写真②=長源寺の藤井住職からは寺の由緒書をいただいた

 京都府船井郡京丹波町は2005年1月1日、船井郡6町のうち北部の丹波町、瑞穂町、和知町の3町が合併して発足した。ウオーキングでは旧和知町を歩く。綾部市との境界にある立木駅から、安栖里駅を経て和知駅まで由良川沿いに京都方面へ二駅戻る約10キロのコースだ。

 丹波山地に属する京丹波町は、府南部の京都市や日本海側の舞鶴市などに比べ気温が低いはずだが、雨天のせいか身を切る寒さは感じない。参加者は運営にあたるスタッフを含めてわずか64人。屋根付きの駐輪場にほとんどの人が雨宿りできるほどだ。畠中源一・京丹波町副町長は「丹波の国は京都府と兵庫県の広い地域にまたがりますが、京丹波町はちょうどその中央にあります。悪天候の中をようこそ来ていただきました」と歓迎のあいさつをした。

長源寺 由良川を渡る
写真①=がん封じの寺、長源寺を出発
写真②=由良川の橋梁を渡る

 長源寺はがん封じの寺。由来によると第55代文徳天皇の第1皇子惟喬親王[承和11(844)年―寛平9(897)年]がこの地に逗留した。滋賀県筒井に向けて去るに当たり、世話になったお礼として、住民に、がん封じの秘法を授けたのが始まりという。藤井宗洋住職からは寺の由緒を記した書き物を人数分いただいた。住職は一行の姿が見えなくなるまで見送ってくれていた。

 惟喬親王は、山の木を切って工芸品を作る木地師の祖とされる。筒井は東近江市の鈴鹿山系の中にあり、筒井神社など親王に関する史跡も多い場所だ。

 雨はまったくやみそうになく、かえって強くなった気さえする。「山粧う」というのが秋の季語だが、周囲のなだらかな山並みは赤や黄色く色づいている。京都市内よりは幾分紅葉が早そうだ。JRの線路が見え隠れする。時折列車の行き過ぎる音が聞こえる。

広瀬公民館 河岸段丘
写真①=広瀬公民館と、広瀬区長の石原肇さんご夫妻
写真②=対岸の段々畑が由良川の河岸段丘

 広瀬公民館では、広瀬地区の石原肇区長と妻の幸代さんが出迎えてくれた。雨の中、屋根の下の畳の上で弁当を広げられるのは本当にありがたい。畳敷きの広間では熱いお茶も用意してくれていた。参加者の半数ほどは土間で食事していたので「上がってくれればいいのに」と気にしておられたので、参加者の一人が「雨具の着脱が面倒だからですよ。お気遣いなく」と説明していた。

 由良川の両側の地面は階段状で、耕作されて段々畑になっている。川面からはもやが立ち込め、対岸はかすんで見える。スタッフの一人が河岸段丘の説明書を掲げるが、降り続く雨にそれどころではなく、足早に通り過ぎた。

 青い橋のたもとに道の駅「和」が見える。京丹波町内には道の駅「マーケス」、道の駅・瑞穂の里「さらびき」と旧町ごとに三つある。マーケスは京都縦貫道のインターチェンジに近く、京都市内から京都府北部や兵庫県但馬地方に向かう観光バスが行き帰りに使うが、「和」も年間80万人の利用者があるというと副町長が話していた。

 閉校になった小学校など見どころは他にもあったのだが、坂道で危険などの理由からショートカットしてJR和知駅にゴール。一日中雨に打たれたせいか、12キロしか歩いてない割には疲れ果ててしまった。 
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  1. 2012/11/12(月) 08:02:57|
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